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有り余る時間  暇人の日記

パリスとヘレナとヴィーナスと

私にとって、パリスと聞いて一番に思い浮かぶのはパリス・ヒルトンです。最近は、あまりゴシップネタも聞こえてきませんが、2000年代のアメリカではゴシップの女王として君臨しており、日本では、サマンサタバサのイメージキャラクターをやっていた記憶があります。

 

ですので、何をやっている人なのかはよくわからないけど、ハチャメチャで、おさわがせで、「有名なことで有名な」女の子がいたというのは、多くの方の記憶に残っているのではないでしょうか?

 

さて、今日のお話に出てくるパリスは、彼女とは別人です。(じゃあ、この前振り要らなくない?)

もくじ

 

 ベネチアで見かけたパリスとヘレナ

ベネチアのアカデミア美術館で、大理石で彫られたパリスの彫像を見かけました。

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カノーヴァ、パリス、アカデミア美術館(ヴェネチア)

 カノーヴァ作のこの彫像は、彼の工房でいくつか作られたようで、同じものをミュンヘンのノイエ・ピナコテークでも見たことがあります。

 

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カノーヴァ、パリス、ノイエ・ピナコテーク

ヴェネチアのパリスは大事なところもむき出しですが、ミュンヘンのパリスは、葉っぱで覆われています。注文主や展示場所によって、ぶらんぶらんさせていいのか悪いのか、いろいろと難しい問題があるようですね。

 

さて、今回この彫像が改めて面白いと思ったのは、その展示法です。こうして遠くから見ると、パリスの目線の先にヘレナがいるのです。

 

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パリス(左)とヘレナ(右)、アカデミア美術館(ヴェネチア)

ヘレナもまた、ギリシャ神話に出てくる女性で、もともとはギリシャの王子と結婚して、子供とともに平穏に暮らしていたのですが、ひょんなことからパリスと恋に落ち、パリスとともに彼の国(イリオス)に行ってしまいました。

 

もちろん、このことは大変な国際問題となり、二国間の軍事衝突を引き起こします。

 

引き合わせてはいけない二人を隣同士においているこの展示方法は、学芸員さんの遊び心でしょうか?

 

三人の女神とリンゴ

では、なぜ2人は恋に落ち、戦争まで起こすような事態になってしまったのでしょう?

事の発端は、天界で開かれたとある結婚式にあります。

 

その日天界ではティティスとぺーレウスの結婚式が執り行われていました。結婚式には天界中のすべての神々が呼ばれていましたが、唯一、不和の神エリスだけは呼ばれていませんでした。

 

結婚式という場なので、不和の神を呼ばなかった2人に責任はないと思うのですが、呼ばれなかったエリスは激おこです。彼女は仕返しに、「最も美しい女神へ」と書かれたリンゴを式場に放り込みました。

 

このちょっとした嫌がらせに鋭く反応した三人の女神がいます。ゼウスの妻ヘラ(ユノー)、美の女神ヴィーナス(アプロディテ)、知恵の女神アテナ(ミネルヴァ)です。

 

リンゴに気付いた三人は、エリスをたしなめに行くかと思いきや、リンゴを手にできる「最も美しい女神」とは自分のことだと主張し始めて、三人で大喧嘩を始めてしまったのです。呼ばれていった結婚式そっちのけで自分の美しさを語りだすという、まさかの展開です。

 

仲裁を求められたゼウスは三人のすさまじい気迫を見て、誰か1人を選ぶと他の2人から一生恨まれて厄介なことになると察し、判断を別の人物に委ねます。

 

そして白羽の矢が立てられたのが、イーデという山で羊飼いをしていたパリスだったのです。ゼウス曰く「パリスはイケメンで色恋に通じているし、田舎育ちで素直で純朴だから、こういった審査に最適」とのこと。

 

田舎育ちで眉目麗しい純朴な青年ならパリス以外にもいたでしょうが、実はパリスはただの羊飼いではありませんでした。由緒正しい王家の生まれだったのです。

 

ただ、生まれた時に「この子は将来、我が国に災いをもたらす」というお告げがあり、災いを恐れた両親によってイーデ山に捨てられていたのです。

 

そんなわけで、普通の田舎の青年よりちょっと血筋がいいというだけで選ばれてしまったパリスのもとに、三人の女神は向かいます。案内役はゼウスの雑用を一手に引き受けているヘルメス。ギリシャ神話では面倒くさい仕事はだいたい彼に回ってくる印象があります。

 

いまだ「私が一番美しい」ともめている三女神を引き連れて進むヘルメス。彼はパリスのことを少し知っているようで、ヴィーナスとアテナはあれこれと情報を引き出そうと試みます。

 

そして、三女神とヘルメスはとうとうパリスと対面します。が、パリスにとっては自分が住む片田舎に、急に神様が四人も降臨してきたのです。

 

言ってみれば、一面に田んぼが広がる田舎の田園地帯に叶姉妹が突然現れて、「わたくしと美香さん、どちらが美しいですか?」と聞くようなものですから、びっくりたまげて審査どころではありません。

 

やっとのことで「ただの田舎者の自分が審査だなんて・・・」と辞退しようとするのですが、ヘルメスに「それでは、最高神ゼウスの命令を拒むことになる」と言われて、辞退すらできない状況に追い込まれます。

 

ところが、ここでパリスは男を見せて女神たちにとんでもない要求を突きつけます。それが、全裸審査。よく見て正しい判断を下すために、服を全部脱いでくださいとお願いするのです。

 

時代が時代ならセクハラ・パワハラで捕まって、フェミニスト達に袋叩きにされてもおかしくない案件ですが、当の三女神は意外にも素直に全裸になります。女神なんて、度胸がないとやってられないのでしょう。

 

ちなみにこの審査のシーンは絵画のテーマとして非常に良く取り上げられています。

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ルーベンス、パリスの審判、ナショナルギャラリー(ロンドン)


なんせ、裸の女性を三人も描いてもOKなわけですから。ヌードが描き難かった時代においては、夢のような題材なのです。多くの画家が思ったことでしょう。「パリス、good job!」と。

 

しかし、最終的にこの審査は裸体の美しさでは決まりません。では、何が決め手になったかというと、ずばりワイロです。

 

ヘラは全アジアの王になる権利を、アテナは戦での常勝を、ヴィーナスは世界で一番美しいお嫁さんをワイロとして提示します。

 

ちょっと冷静に考えれば、ヘラからアジアの王になる権利をもらえば、キレイな女性と出会うチャンスは格段に上がるでしょうし、王ならば自分が前線に出る必要はないので、負けが死を意味することもありません。さらに、立派な宮殿や、財宝や、たくさんの召使がもれなくついてくるでしょうから、彼女の提案が一番いいような気がします。

 

でも、パリスは違いました。

 

まっさきに「美しいお嫁さん」を選び、ヴィーナスにリンゴを授けたのです。これが世にいう「パリスの審判」であり、そのワイロとして取引されたのが、ヘレナだったのです。

 

このあたりのお話は、こちらの本に詳しく載っています。

 

ルキアノス全集〈4〉偽預言者アレクサンドロス (西洋古典叢書)

ルキアノス全集〈4〉偽預言者アレクサンドロス (西洋古典叢書)

  • 作者: ルキアノス,内田次信,戸高和弘,渡辺浩司
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パリスとヘレナ

パリスがヘレナを欲した時、パリスはすでに妻帯者でした。イデにオイノネという妻がいたのです。

 

一方、ヘレナの方もがっつり既婚者でした。最初に述べた通り、ギリシャの王子メネラオスと結婚していたのですが、ヴィーナスによって、彼女のあずかり知らぬところで勝手に離婚・再婚の話が進められていたのです。

 

この結婚、どう考えても周りみんなを巻き込んで不幸にするようにしか思えませんが、それでもヴィーナスは自分のエゴのために突き進みます。

 

パリスはイリオスの王子として、ギリシャへ行く機会に恵まれます。その時にヴィーナスの助けを得てヘレナを魅了し、魅了されたヘレナは夫と子供を捨ててパリスと一緒にイリオスへ行ってしまうのでした。

 

これが大きな問題に発展し、トロイア戦争が引き起こされたのです。戦争は10年にもわたって続き、最終的にはパリスは死に、イリオスも滅びます。パリスに予言されていた「災い」は、結局現実のものとなってしまったのです。

 

 トロイア戦争のクライマックスは、ホメロスのイリアスが詳しく語っています。

 

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

 

 ちなみに、イリアス冒頭でギリシア軍の王ともめているのは、パリスの審判の引き金となった結婚式の夫婦(ティティスとペレウス)の息子、アキレウスです。

 

おまけ パリスとヴィーナス

ノイエ・ピナコテークのカノーヴァのパリスは、1人で立っていますが、となりの部屋にあるパリスの胸像は、ちょっと覗き込むアングルでヴィーナスの裸を見ています。

 

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これも学芸員さんのちょっとした遊び心を感じずにはいられません。